p.43
この世界のすべての場所で起こっていることは、ミミズによる大地の形成のようなことである。
p.44
生きものの行為の結果を見て、それが生きものがその行為をする原因であった、つまり行為に目的があるなどと考えるのは、ぼくらがよくしてしまうあやまちである。なぜなら、もし生きものに起こる変化が、あらかじめなんらかの方向に傾いていたら、自然がおこなう選択はその創造性をうばわれてしまう。
p.74
ぼくらを取り囲むところには行為が利用できることが無限に存在している。これら環境にあって行為が利用していることを「行為だけが発見することのできる意味」とよぶことにしよう。おそらくぼくらの行為がこの環境の中でしていることは、環境にあってぼくらを取り囲んでいる多様な意味を柔軟に探し当てることなのである。
p.96
つまり、見えの根拠が、ぼくらの眼や頭の中にではなく、照明の構造にあり、ぼくらがしていることは、その中を動きまわってそこにあらわれる情報を探ることであるならば、ぼくらには他者といつでも知覚を共有する可能性が残されていることになる。