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気分のいい日、奥津は時々病室の窓辺まで歩いて外を見た。彼の病室は四階にあり、そこからは青山の住宅地の尾根や遠くに渋谷方面のビルが見えた。陽が西に傾くと、ビルは直線的な影を抱いて輝いた。奥津はそんな影を美しいとおもった。
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田仲七江はトランジスタ・ラジオからのヘッド・フォンを耳にさし込んでいつも音楽を聴いていた。どちらかというと無口な方だった。それは、ぎりぎりと巻いたねじがもどらないように手でぎゅっと押えているみたいだった。ぼくには、いつか彼女の手がねじからはなれるようにおもえた。