母音で愛を語りましょう

私をとりまく、ぐるりのこと。

『愛の生活 | 森のメリュジーヌ』金井美恵子

p.35

その頃、彼は恋愛をしていて、わたしとFは婚約することを考えていた。あの頃のことは、懐かしさという優しい感情で思い出すのに、一番ふさわしい時期だった、などとわたしは言わない。そうむかしのことではない。だが、今とは完全に別の時間。場所は同じでも、別の秩序の中でしか一致することのない記憶の時間だ。別の秩序は瞬間に、わたしの内で生々しく開かれる。世界への愛として。