母音で愛を語りましょう

僕と誰かがじょじょに変われますようにと、祈りながら更新ボタンを押す

文字は光であるのか。

人類の持つ、輝くものへの憧憬。煌びやかに光るものに価値があると感じる。光沢。折り紙でいうと、銀色のもの。人間の体の多くの部分は光らない。つまり、人間は自分の中には、ある種の「くすみ」しかもたない。光を反射する器官は、瞳ぐらいではないか。ただそれも分泌される液体によって生まれるものだとするならば、やはり私たちは持ち得ない。近いものは爪かもしれない。

それならば、光への憧憬は水分への渇望を起源とするのか。

光の反対は闇ではないのではないか。少なくとも、黒ではない。黒は光沢との相性がよい。私たちがもつスマホを見れば一目瞭然だろう。


とすれば、光の反対は、くすみ。くすみとは。光沢を持たないもの。

 

例えば文字はある種のくすみとも言えるのか。

 

 

 

問い

この短い人生の中で、長らく自分の中でモヤモヤと残り続けてきた思考や感情の塊みたいなものを、なんとか大きく二つのキーワードにまとめてみる。

 

「a.切ない記憶と固い幻想」

「b.主客観を乗り越えた優しさ」

 

曲がりながりにも、多くの知識を詰め込んできた。多くの物語や表現の数々、それにまつわる感情の機微だって少しは考えてきたつもりである。

でも究極、それはただ「つもり」である。

自分の中で体系化する必要が厳しくある。