母音で愛を語りましょう

私をとりまく、ぐるりのこと。

『小僧の神様/城の崎にて』志賀直哉

『佐々木の場合』

p.21

何と云う事もなく僕は自分が今幸福な身の上だと云う気がしていた。勿論世間並な意味でだが。そして富は女として不幸な境遇に居る者として考えていた。そして僕は自分が富に交渉して行くのは幸福な者が不幸な者を救おうとしているのだと云う風に考えていた。何となくそんな気持でいた。ところが今の対話はそれと全く反対な感じを与えた。幸福に暮している者に対し昔の関係を楯にそれを攪乱しようとする者のように自分が見えた。

 

『城の崎にて』

p.36

生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした。もうかなり暗かった。視覚は遠い灯を感ずるだけだった。足の踏む感覚も視覚を離れて、如何にも不確だった。只頭だけが勝手に動く。それが一層そういう気分に自分を誘って行った。

 

赤西蠣太

p.84

蠣太は一言もなかった。彼はそれは彼のいい性質が他人の心から反射して来るのだとは気がつかなかった。

 

『流行感冒

p.130

石は今、自家で働いている。不相変きみと一緒に時々間抜けをしては私に叱られているが、もう一週間程すると又田舎に帰って行く筈である。そして更に一週間すると結婚する筈である。良人がいい人で、石が仕合せな女となる事を私達は望んでいる。