母音で愛を語りましょう

私をとりまく、ぐるりのこと。

『たたずまいの美学 日本人の身体技法』矢田部英正

p.12

誰しも異なる習慣に出くわすと、はじめはそれを「違和感」として受け止めてしまいがちである。それは自国の過去の文化についても同じことが起こる。その違いに対して「キレイ」「きたない」「良い」「悪い」という判断を下す前に、「なぜ?」という問いを立ててみる。その問いに、一定の答えが得られた時に、はじめは「違和感」を覚えた事柄に「理解」が生まれ、新たな「物の見方」を獲得することで、それが「愛着」や「美意識」へと変わることもある。

 

p.64

つまり訓練によって磨きあげられた身体技法は、たとえそれが民族固有の方法に基づくものであっても、状況に応じて技法を使い分けることによって、異文化の文脈にも自己を適応させることができることを、こうした事例は証明しているように思う。ここに「技術」をもつことの一つの意義を指摘することができる。

習慣的に身につけられた身体技法は、無意識の間に身体に内在化されてしまい、そこから逸脱することが極めてできにくい。社会一般としては、おそらくそうであると思われるが、しかし、自己の身体を自由に使いこなすための訓練を受けた専門家たちにとって、身体技法の社会的・民族的な諸方向は、必ずしも身に科せられた呪縛なのではない。