今度こそ読み切ろうと思ってたらこんな歳になってしまった。そんなことばかり、24歳。
読みたい本や見たい映画、知りたい事や話したい人。宿題みたいに積んであって、ずっと準備期間みたいな気持ちもあって。それでもある日急に、もうとっくに準備期間なんて終わってたと悟ったりするのでしょうね、24歳。
ラスコーリニコフが唐突に三重、四重くらい俯瞰するところで、はたとドストエフスキーの旦那が顔を出す。
夕陽と宵闇が揺らめく境目に立ち尽くしている。
なす術もなく。
p.48
「だが、おれの言ったことがうそだとしたら」と彼は思わず大きな声を出した。「実際は、人間が、おしなべて、つまり人類全部が、卑劣でないとしたら、あとのことはすべてーーー偏見ということだ、見せかけの恐怖にすぎぬ、とすれば何の障害もあり得ない、当然そういうことになるわけだ!……」
p.107
橋をわたりながら、彼はおだやかな目でしずかにネワ河と、真っ赤な太陽の明るい夕映えを見やった。彼は弱っていたけれど、疲れを感じもしなかった。まるでまる一月の間彼の情にかぶさっていたものが、一時にとれてしまったようだ。自由、自由!彼はいまあの諸々の魔力から、妖術から、幻惑から、悪魔の誘惑から解放されたのだ!
p.195
どこか下のほうの深いところに、足下のはるか遠くに、こうした過去のすべてが、以前の思索も、以前の疑問も、以前のテーマも、以前の感銘も、このパノラマの全景も、そして彼自身も、何もかもいっさいのものが、かすかに見えたような気がした……
p.293
彼は水の上にかがみこんで、夕焼けの最後のバラ色の余影や、濃くなってゆく宵闇の中に黒く見えている家並みや、一瞬最後の陽光にうたれて、まるで炎のようにキラッと光った、左岸のどこか遠くの屋根裏部屋の小窓や、運河の黒ずんだ水面などを、ぼんやりながめていたが、暗い水面にだけはじっとひとみをこらしているようだった。そのうちに、彼の目の中に赤い環のようなものがぐるぐるまわりはじめた。
p.323
ところが彼は、人間のものとは思われぬほどの力をふりしぼって身体をもたげ、片肘をついた。彼はしばらく、自分の娘がわからないように、うごかぬ目でぼんやり見つめていた。さもあろう、こんな服装の娘を、彼は一度も見たことがなかったのである。と不意に、彼は自分を恥じながら、死の床の父と永別の番がくるのをつつましく待っている娘。はかり知れぬ苦悩が彼の顔にあらわれた。
p.393
「その意味では、たしかにわたしたちはみな、しかもひじょうにしばしば、ほとんど狂人のようなものです。ただわずかのちがいは、《病人》のほうがわれわれよりよいくぶん錯乱の度がひどいということだけです、だからここに境界線をひかなければならないわけです。調和のとれた人間なんて、ほとんどいないというのは、たしかです。何万人に、いやもしかしたら何十万人に一人、いるかいないかですが、それだってやはり完全というわけにはいかんでしょう……」
p.449
論理だけでは自然を走りぬけるわけにはいかんよ!論理は三つの場合しか予想しないが、それは無数にあるのだ!その無数の場合をいっさいカットして、すべてを安楽(カムフォート)に関する一つの問題にしぼってしまうのだ!もっとも安易な問題の解決だよ!こんないいことはなかろうさ、何も考えなくてもいいんだ!魅力はーー考えなくてもいいということだよ!
p.463
「良心がある者は、あやまちを自覚したら、苦悩するでしょう。これがその男にくだされる罰ですよ、ーー苦役以外のですね」
「じゃ、実際に天才的な人々は」とむずかしい顔をして、ラズミーヒンが尋ねた。「つまり人を殺す権利をあたえられている連中だな、彼らは他人の血を流しても、ぜんぜん苦しんではならないというのかい?」
「ならない、どうしてそんな言葉をつかうんだ?そこには許可もなければ禁止もないよ。犠牲をあわれに思ったら、苦悩したらいい……苦悩と苦痛は広い自覚と深い心にはつきものだよ。真に偉大な人々は、この世の中に大きな悲しみを感じとるはずだと思うよ」と彼は急にもの思いにしずんで、口調まで会話らしくなく、こうつけ加えた。