11月の頭に丸々一週間早めの冬休みを取って、南の島でぐだぐだ過ごした。
毎晩連れが寝静まった後、風が窓を叩く音や海のさざめきを聴きながら、暗い部屋で小さな灯りつけて、毎晩一話ずつ読んだ。
静かな夜たちだった。二十も半ば、なぜかしらん満ち足りた生活の中にも、孤独は濃いインクみたいにねっとりべったり。
寝たら忘れることは少なくなってきて、
いつも同じ場所を回っているような。ような。ような。
新しい作品だって昔の作品だって、彼の根本は変わらないね。
それが嬉しいような、安心するような。ような。ような。
でもこういう寂しさや、すーすーする訳の分からない胸のぽっかり感は人知れずとも意味があるんじゃないのかな知らんけどって感じで、女のいない男たちは嘯いてくれる。
『木野』
p.233
客がまったく来ない店で、木野は久しぶりに心ゆくまで音楽を聴き、読みたかった本を読んだ。乾いた地面が雨を受け入れるように、ごく自然に孤独と沈黙と寂寥を受け入れた。よくアート・テイタムのソロ・ピアノのレコードをかけた。その音楽は今の彼の気持ちに似合っていた。
〜〜〜
誰かを幸福にすることもできず、むろん自分を幸福にすることもできない。だいたい幸福というのがどういうものなのか、木野にはうまく見定められなくなっていた。痛みとか怒りとか、失望とか定款とか、そういう感覚も今ひとつ明瞭に知覚できない。かろうじて彼にできるのは、そのように奥行きと重みを失ったら自分の心が、どこかにふらふらと移ろっていかないように、しっかり繋ぎとめておく場所をこしらえておくくらいだった。
p.275
記憶は何かと力になる。そして髪を短くし、新しい青いワンピースを着たかつての妻の姿を思い浮かべた。何はともあれ、彼女が新しい場所で幸福で健康な生活を送っていることを木野は願った。身体な傷を負ったりしないでいてくれるといい。彼女は面と向かって謝罪したし、おれはそれは受け入れたのだ。おれは忘れることだけではなく、赦すことを覚えなくてはならない。
『女のいない男たち』
p.291
女のいない男たちになるのがどれくらい切ないことなのか、心痛むことなのか、それは女のいない男たちにしか理解できない。素敵な西風を失うこと。十四歳を永遠にーーー十億年はたぶん永遠に近い時間だーーー奪われてしまうこと。遠くに水夫たちの物憂くも痛ましい歌を聴くこと。アンモナイトとシーラカンスと共に暗い海の底に潜むこと。夜中の一時過ぎに誰かの家に電話がかけること。夜中の一時過ぎに誰かから電話がかかってくること。知と無知との間の任意の中間地点で見知らぬ相手と待ち合わせること。タイヤの空気圧を測りながら、乾いた路上に涙をこぼすこと。