母音で愛を語りましょう

私をとりまく、ぐるりのこと。

『モラトリアム人間を考える』小此木啓吾

p.11

もし、人間に「望むこと」と「叶えること」の二つしかなかったら人間は自滅するほかはない。「知ること」があってはじめて人間は生きのびることができる。そしてこのバルザックの警告は、そのまま、われわれ現代人に向けられるべきものである。なぜならば、現代社会のわれわれは、「望むこと」がすべて「叶うこと」になる時代を迎えるにつれて、本来有限な自己の存在を成り立たせている、真の現実を「知ること」ができなくなっているからである。現実感覚は変容し、生存するためにどうしても従わねばならぬ自然の現実を「知ること」を忘れ、「願うことはすべて叶う」という社会意識が日常心理を支配してしまっている。われわれの社会意識における、意識と存在の矛盾を知ることこそ、今や急務の課題になっている。