母音で愛を語りましょう

私をとりまく、ぐるりのこと。

『手の倫理』伊藤亜紗

p.30 興味深いのは、こうして石や木、物の性質を知っていくことが、フレーベルにおいては、「自分自身を知ること」へと折り返されていく点です。ものの意外な性質が引き出されることと、自分の中の意外な性質が引き出されることは、フレーベルにとってセット…

『アンビエント・ドライヴァー』細野晴臣

もうさ、声が聞こえんのよ、細野さんの。 低い、良い意味でスキだらけのじっとりした喋り方が。 そして、やっぱり彼のパーソナリティというか、言葉そのものに飾り付けがなくて、かっこよく見せようとか深いこと言おうとか吃驚させてやろうとか、そういうの…

『わたしのマトカ』片桐はいり

フレンドからお借りして読んだ。 自分では買わない本に出会うって久々だけどいいよね。 その時の記憶や環境も、読書体験に入る。 その子はこの前引っ越したから、もうしばらくは会えないかもな。 〜〜〜 彼女が持っている「あっけらかんさ」はやたらまぶしく…

『欲望会議 性とポリコレの哲学』

p.6 欲望とは、肯定することです。肯定的生、肯定的性。それはしかし、逆説的に思えるかもしれませんが、何らかの「否定性」としぶとく付き合い続けることを含意しているのです。一切の否定性を退けて、ただただポジティブに生きようとするのではなく、「何…

『モダニティと自己アイデンティティ 後期近代における自己と社会』アンソニー・ギデンス

p.12 モダニティはポスト伝統的な秩序であるが、そこでは合理的知識の確実性が伝統や習慣による確実性にとって代わった、というわけではない。〜 モダニティでは根本的懐疑の原理が制度化さへており、そこではすべての知識は仮説のかたちを取らざるをえない…

『女のいない男たち』村上春樹

11月の頭に丸々一週間早めの冬休みを取って、南の島でぐだぐだ過ごした。 毎晩連れが寝静まった後、風が窓を叩く音や海のさざめきを聴きながら、暗い部屋で小さな灯りつけて、毎晩一話ずつ読んだ。 静かな夜たちだった。二十も半ば、なぜかしらん満ち足りた…

『同時代ゲーム』大江健三郎

p.46 親戚じゅうが集ったその畸型の誕生の夜、大人たちのいつまでも囁きあう声に妨げられて眠れなかったカルロス少年は、その深夜、藁を敷いた寝床で、この宇宙のなかの銀河系の太陽をめぐるひとつの星の、南アメリカの、コロンビアという国の一地方の、ひと…

『ことばの顔』鷲田清一

2000年10月の本だからね、もう20年以上前の本。 なのに、すごく身近に感じたよ。 バランス感覚が自分と似ていて、昔ここで僕が書いていたようなことを言ってたりもしてなんだか嬉しいような。50歳くらい離れてるのに、すごいよね。鷲田さんとおしゃべりして…

『美しい日本の私』川端康成

p.86 定家の秀歌のうちには入れかねます。勿論、たとえ一人でも、この歌をすぐれていると感じる人があるなら、それを粗忽に軽んじてはなりますまい。ただ一人がその美を発見し、感得すれば、やがてそれが万人に通じることは、芸術作品にはよくあります。 p.88…

『犬婿入り』多和田葉子

割と距離を保っているかと思いきや、おもむろに接近してきて感情を殴りつけたり、急に湿度の高い性的なものやこと。 でも人間、とくに他とは相いれずでも自分自身と深く結びついた人間への優しい眼差しを感じてしまう。 『ペルソナ』も『犬婿入り』も、物語…

『夏子の冒険』三島由紀夫

夏子の皮をかぶった三島由紀夫自身ではないか。 と思うところもあったり、 でも、三島がなれない憧れも投影されているような感じもあって。 久しぶりにシンプルな冒険活劇を読んだ(シンプルの裏に皮肉や真意が垣間見えるけど)。 おばさんの下りは終始愉快だ…

『ダンス・ダンス・ダンス(下)』村上春樹

エンディングが素敵だ。 僕シリーズはこれで終わりだけど、 一切を受動態で切り抜け生きてきた「僕」が、 とにかく彼女を失いたくない気持ちに駆られる。 大いなるもの(時に、時間や死。時に、闇組織や怪物や地震)を前にして、 小さき無力な主人公が、一人で…

『雪国』川端康成

傑作でした。 やったね、今、読めて。 雪国を真夏に手に取る時点で、風流もねぇな、なんて思ったけど、読んでみれば意外にも春夏秋冬辿る物語なのね。 幾年も季節を超えて、そして最後の冬へ。 雪と炎と天の河へ。 〜〜〜 冒頭の一文は、大学の翻訳の授業で…

『ダンス・ダンス・ダンス(上)』村上春樹

踊り続けなきゃいけない。 とにかくステップを踏み続けなくちゃいけない。 いや、難しいよ、それ。 でもどこか『パルプ・フィクション』の最後の台詞みたいな。 だが努力はしてる。 みたいな。 ドライな諦観に見せかけて、 割と実直に生きる感じ。 最近読ん…

『春宵十話』岡潔

p.12 いま、たくましさをわかっても、人の心のかなしみがわかる青年がどれだけあるだろうか。人の心を知らなければ、物事をやる場合、緻密さがなく粗雑になる。粗雑というのは対象をちっとも見ないで観念的にものをいっているだけということ、つまり対象への…

『モラトリアム人間を考える』小此木啓吾

p.11 もし、人間に「望むこと」と「叶えること」の二つしかなかったら人間は自滅するほかはない。「知ること」があってはじめて人間は生きのびることができる。そしてこのバルザックの警告は、そのまま、われわれ現代人に向けられるべきものである。なぜなら…

『Xへの手紙・私小説論』小林秀雄

『一ツの脳髄』 p.17 私は、母の病気の心配、自分の痛い神経衰弱、或る女との関係、家の物質上の不如意、等の事で困憊していた。私はその当時の事を書きたいと思った。然し書き出して見ると自分が物事を判然と視ていない事に驚いた。外界と区切りをつけた幕…

『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ/千野栄一訳

p.8 永劫回帰の世界ではわれわれの一つ一つの動きに耐えがたい責任の重さがある。これがニーチェが永劫回帰という考えをもっとも重い荷物と呼んだ理由である。 もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴らし…

『スモール・イズ・ビューティフル 人間中心の経済学』E・F・シューマッハー/小島慶三・酒井懋訳

p.27 工業文明は再生不能の資本をのんきに所得と思いこんで、それに頼っているのである。私は、そういう資本として三つのものをあげた。化石燃料と自然の許容度と人間性である。 p.44 科学・技術の方法や道具は、 ーーー安くてほとんどだれでも手に入れられ…

『私の幸福論』福田恒存

p.23 もちろん、長所のない人間などいるわけはありません。しかし弱点をとりかえそうとして、激しい気もちで長所の芽ばえにすがりつき、それを守ろうとすれば、かならずそこに歪みが生じます。自分は顔がまずい。だから、ひとに指一本さされぬよう、立派に生…

『まとまらない言葉を生きる』荒井裕樹

p.6 「言葉が壊される」というのは、ひとつには、人の尊厳を傷つけるような言葉が発せられること、そうした言葉が生活圏にまぎれ込んでいることへの怖れやためらいの感覚が薄くなってきた、ということだ。 p.24 ハラスメントというのは「個人的な問題」だと…

『走れメロス』太宰治

裏の裏をかいて、寧ろ素直、みたいな。 いや、裏の裏の、そのまた裏の裏かもしれないけど。 太宰治については強烈な自意識だなぁなんて幾ばくか思っていたのだけど、 ここにきて、自意識への恥と愛着の具合がなかなか心地よいな、なんて感じられてる。 不意…

『天才の世界』湯川秀樹

最後の方に世阿弥の「離見の見」が出てきて少し興奮する。いくつかの点が、線になった快感。 それにしても、「あとがきにかえて」がスリリングで笑う。湯川先生を分析しようとしだす市川氏。 自己顕示と自己矛盾。昇華と客観的価値。 このあたりを絡めながら…

『「いき」の構造』九鬼周造

『「いき」の構造』 p.15 陰鬱な気候風土や戦乱の下に悩んだ民族が明るい幸ある世界に憧れる意識である。レモンの花咲く国に憧れるのは単にミニョンの思郷の情のみではない。ドイツ国民全体の明るい南に対する悩ましい憧憬である。「夢もなお及ばない遠い未…

『生き抜くための整体』片山洋次郎

p.19 風邪などの不調も、長いサイクルの中で見れば、身体のバランスに普段よりも大きなゆらぎを呼び込んで、ガクッと大きく脱力することで、より良い回復へと導くプロセスです。身体に溜まった疲れを吐き出す回復のシステムの一部というふうに、積極的にとら…

『たたずまいの美学 日本人の身体技法』矢田部英正

p.12 誰しも異なる習慣に出くわすと、はじめはそれを「違和感」として受け止めてしまいがちである。それは自国の過去の文化についても同じことが起こる。その違いに対して「キレイ」「きたない」「良い」「悪い」という判断を下す前に、「なぜ?」という問い…

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』戸部良一 他

P.25 すなわち、平時において、不確実性が相対的に低く安定した状況のもとでは、日本軍の組織はほぼ有効に機能していた、とみなされよう。しかし、問題は危機においてどうであったか、ということである。危機、すなわち不確実性が高く不安定かつ流動的な状況…

『現代思想の冒険』竹田青嗣

p.10 思想をかんがえるうえでむずかしいのは、この不思議の国の奥深さや神秘さを究めることではない。それはどれほど複雑に見えても人間が作ったものにすぎないから。むしろ、いちばん困難なのはわたしたちが自分の部屋に戻ってきたときに感じる、あのとまど…

『罪と罰 下巻』ドストエフスキー/工藤精一郎訳

とうとう読み終えた。 「生活と自我」を対立軸に据えるのなら、 つまり、生活とは忘我だよってことなのか。 すごく分かる。 例えば友達や彼女や家族と一緒にいる時、 僕はしばし夢中になって忘我に陥って、自分の内なる声なんかピタって止む時がある。 あん…

『時間と自己』木村敏

時間は、僕の人生の一つの主題でもあって、なるほど科学的に「時間」を捉えようとしないところがなかなか面白い。 断固として、そこを迂回する感じ。 精神病理と絡むことによって強引だが独自的、かつ納得感が伴う。 その根底には僕らはほとんど変わらないは…